「頭文字D」の音楽って最高なんですよ*1。これは単なる主観ではなくて、この主張を裏付ける決定的なデータがあるんです。
というのも、一般的に「「「「「「「良い」」」」」」」とされている事柄は、wikipediaで調べるとめちゃくちゃ情報量が多いという法則が存在します。一例を挙げると、「南原清隆」のページは芸能人のエントリとして平均程度の長さ(本文6000~6500字程度、脚注4つ)に止まっているのに対し、「内村光良」は本文が30000字超、脚注が注釈と出典合わせて89個を擁する大長編記事となっています。ちなみに「南原清隆」の記事の一番面白いところは、セクション2「人物」の12行目「子供の頃、カニの集団が車に轢かれていく様を見て以来、カニが苦手。しかし頬骨の出張った顔がカニに似ていると言われ、」のくだりです。
そんなわけで、「頭文字D」のWikipedia記事を見てみましょう。
一応上のリンクを踏まなかった不義理な人たちのために書いておくと、頭文字Dのエントリは全体で大体30000字程度、つまり5南原くらいあります。しかし本当に特筆すべきなのは、その中で頭文字Dのアニメ作品で使用されている音楽についての情報が顕微鏡レベルのような常軌を逸する詳細さで記載されているということです。なんと、セクション6「アニメーション」第6節「音楽」だけに約10000字、つまりおよそ1.6南原もの情報量が詰め込まれています。記事の構成がいびつすぎて目次見ただけで笑ってしまいます。
では、Wikipediaをここまで狂わせたイニDの音楽とは一体どんなものなのでしょうか。僭越ながら代表的な曲をいくつかピックアップしてみました。
Dave Rodgers/Deja Vu
Max Coveri/Running in the '90s
Manuel/Gas Gas Gas
Niko/Night of Fire*2
いかがでしょうか。高BPMで反復的なリズム、印象的なシンセリフ、音色もフレーズもダサすぎるギター、何言ってんだか分かんないボーカルといった、これらの曲を結ぶ共通の要素は、どれも夜の峠道で車を高速で走らせるという遊びのチープなスリルと空虚さとこの上なくマッチしており、まるでこのアニメ作品のためにこれらの楽曲が書き下ろされたかのような錯覚さえ呼び起こさせます。小松未歩の曲が90年代後半〜00年代前半の名探偵コナンとアニメファンの記憶の中で分かち難く結ばれているのと同様に、イニDのファンにとってはこの小脳に直接シャブをぶち込んでいるかのような楽曲群こそがアニメ「頭文字D」を「頭文字D」たらしめているのです*3
「もっとこんな感じの曲が聞きたい!」と思ったそこのあなたに朗報があります。これらの曲のような頭おかしい楽曲群には「ユーロビート(Eurobeat)」というジャンル名が与えられており、心ゆくまで掘ることができるようになっております。ぶっちゃけみんな大体同じ曲なので掘る意味はあんまりないんですけど、、、、
ユーロビートの英語版Wikipediaとのその関連リンクを飛んでいくといろいろと面白い発見があります*4例えば、ジャニオタの方であれば上の楽曲群を聞いて「これ初期V6ぽいな」と思われたと思いますが、それもそのはず、Music For The PeopleやTake Me HigherといったV6の代表曲は、いずれもユーロビートの本場イタリアのアーティストの楽曲のカバーであることがわかります*5。また、90年代〜00年代前半に一時代を築いたavex traxもいち早くユーロビートを受容し、中でも浜崎あゆみは自身の代表曲のユーロビート風リミックスのみで構成されたベストアルバム「Super Eurobeat Presents Ayu-ro Mix」をなんとVol.1から3までリリースしていることも初めて知りました。これらのことから得られる示唆は、つまり、ユーロビートは頭文字Dのアニメ制作スタッフがたまたま目をつけて使用したと言うよりは、確実に20世紀末前後の日本のポピュラー音楽の一角を担っており、その時期に制作された頭文字Dというアニメ作品にうってつけのサウンドだったから使用されたのである、ということだと思います。
ところで90年代後半と言えば、つんくがシャ乱Qからモーニング娘。のプロデューサーへと活動の軸足を移した時期でもあります。つんくプロデュースの楽曲は、有名どころのモーニング娘。「LOVEマシーン」や「ザ☆ピ〜ス」、「ハッピーサマーウェディング」のように、70年代〜80年代のアメリカのディスコ調というイメージが強いですが、彼の真骨頂は(ハロオタは知っての通り)様々なジャンルに節操なく手を出しつつクセのあるJ-POPにまとめあげる器用さとバランス感覚にあります。ユーロビートというジャンルもまた、つんくのいくつかの作品の重要なインスピレーションとなっています。ということでようやく「ハロプロの中で一番イニDで流れてても違和感ない曲を探せ」という本題に入ります。何故探すのかはあんまり考えてませんでした。
松浦亜弥/GOOD BYE夏男
<良い点>
- 曲が良い
- 歌がめちゃくちゃうまい
- 転調がめちゃめちゃ多い
- ギターソロがエモい
<イニDにそぐわない点>
- 曲が良すぎる
- 歌がめちゃくちゃうますぎる
- 転調がめちゃめちゃ多すぎる
- ギターソロがエモすぎる
あややはつんくプロデュースのアーティストとして空前絶後のスキルを誇るアーティストなわけですが、やはりつんくもその圧倒的な才能を前にして、持てる力を全て投じてプロデュースする他なかったのでしょうか、楽曲のクオリティがとんでもないことになってしまっています。こんな曲がイニDで流れてきたら映像そっちのけで聴き入ってしまいます。曲単体で見ればあややの圧勝なのですが、アニメの劇中歌としてはやはりDeja VuやGas Gas Gasの方が適切でしょう。
ではあやや以外のアーティストではどうでしょうか?
<良い点>
- 曲が良い
- 歌がめちゃくちゃかわいい
<イニDにそぐわない点>
- 曲が良すぎる
- 歌がめちゃくちゃかわいすぎる
- 転調がない
- ギターソロがない
2009年に結成、その翌年にメジャーデビューを果たしたスマイレージは、後のアンジュルム及びハロープロジェクトのリーダーにして現ソロアーティスト兼美術史専攻の大学院生兼爆イケフェミニストである和田彩花と、スマイレージ/アンジュルム在籍中はTwitterで絶大なプレゼンスを発揮し、卒業後は作詞活動を経て現在は大森靖子率いるアウトローアイドルグループZOCの巫まろとして危険な魅力を振りまき続けている福田花音の両氏が共に在籍していたというだけでも特筆に値します。その上で、当時はそこに清純派アイドルとしての天賦の才に恵まれまくった前田憂佳という絶対的エースと、中学生とは思えない歌唱力で、2011年のハロコンではハロプロ屈指の難曲であるBerryz工房/VERY BEAUTYを見事に歌いこなした稀代の才能である小川紗季という四人組だったと言えば、初期スマイレージの凄さは十分にお分かりいただけるかと思います。
そんなわけで、スマイレージにとって小川紗季卒業前最後のシングルとなる「有頂天LOVE」も、歌い手のスキルとつんくの気合いが合わさって、車が早く走るだけのアニメのBGMにするにはもったいなさすぎる出来になってしまっています。残念!
ここまで2戦2敗(?)のハロプロ軍ですが、まだ希望はあります。ハロオタの読者の皆さんにとっては黒船来航よりも常識的な歴史でしょうが、スマイレージは小川紗季と前田憂佳の相次ぐ卒業の後、しばらく売れない時代が訪れます。その時代の只中にも、つんくはスマイレージにユーロビートの曲を提供しています。秋元康軍団がヒットチャートを独占し、スマイレージのグループとしての勢いも最低調の頃の曲であれば、イニDで流れてもおかしくないような出来になっている可能性があるのではないでしょうか?
スマイレージ/大人の途中
<良い点>
- 曲が良い
- 歌がめちゃくちゃかわいい
- 間奏がエモい
- 間奏明けの落ちサビがエモい
- 落ちサビのあとの転調が良い
<イニDにそぐわない点>
- 曲が良すぎる
- 歌がめちゃくちゃかわいすぎる
- 間奏がエモすぎる
- 間奏明けの落ちサビがエモすぎる
- 落ちサビのあとの転調が良すぎる
やっぱりダメでした、、、
しかし、ハロプロ軍には最後の秘策があります。ハロプロには研修生制度があり、研修生も曲をもらえることがあります。つんくも実際にハロプロ研修生に曲を提供しています。メジャーデビューどころか、アイドルグループとして正式にデビューしてすらいないアイドルの卵に提供するような曲であれば、つんくも多少手を抜いて作っているのではないでしょうか?結果として、イニDで流れるに足るダサさのある曲に仕上がっているのではないでしょうか?
ハロプロ研修生/彼女になりたいっ!!!
<良い点>
- 曲が良い
- 歌がめちゃくちゃかわいい
<イニDにそぐわない点>
- 曲が良すぎる
- 歌がめちゃくちゃかわいすぎる
というわけで、ハロプロ研修生のファーストシングルである「彼女になりたいっ!!!」も、イニDの楽曲群には遠く及ばない完成度になってしまいました。というか、そもそも研修生向けの曲であればクオリティが落ちるだろうという安易な発想をしている時点でハロオタの皆様から叩かれても文句の一つも言えません。ハロプロ研修生は、「研修生」ではあれど日本が誇るトップレベルのパフォーマンス集団の研修生なのであって、その全員が年齢離れしたスキルと目がくらむようなポテンシャルの持ち主です。アップフロントグループにとって彼女たちは一人一人が大切な人間であり、原石であり、丁寧に育て上げるべき人材です。そんな研修生に向けて、つんくが適当な曲を書くはずなどないのです*6
以上、イニDのユーロビートとハロプロのユーロビートを聴き比べてきましたが、ハロオタというバイアス抜きにしても、やはり後者の圧勝と言えるのではないでしょうか。結論として、ハロ曲は良すぎるので、いくらユーロビートのお約束を踏襲した楽曲と言えども、イニDの文脈に置くと浮いてしまいます。よって、ハロプロの曲の中にイニDで流れてても違和感がない曲はありません。どうもありがとうございました。
最後に、このブログはWikipediaなくしては到底書くことはできませんでした。お金に余裕のある方はどうか寄付をご検討ください。ハロプロとともに、Wikipediaもよろしくお願い申し上げます。
*1:なお作品が好きな方には大変申し訳ないのですが本編の話については私は全く知りません。ご承知おきください。
*2:もしかしたらこの曲だけタイトルからして聞き覚えがあるかもしれませんが、そうです、長州小力のあれです。
*3:まあ私はファンではないので知らないんですけどね。しかし実際に「頭文字D」の英語版が放映された際、供給会社Tokyopopの判断で劇中歌の差し替えが行われた際には、海外ファンから多くの批判が寄せられたと英語版Wikipediaには記載があります。
*4:音楽関連の記事に関しては、特定のアーティストに関するものであれジャンルについてのものであれ、大体は日本語版より英語版Wikipediaの方がクオリティが高いです。英語版のWikipediaはまじで明らかに主観的な記載が少なく、記載の裏付けが取れており、また関連リンク・参考文献等も充実しています。日本語版Wikipediaも早くこのレベルに早く追いついて欲しいので、皆さん是非寄付にご協力よろしくお願いします。Wikipediaは絶対に広告なしで成り立たせるべきサービスです。
*5:Take Me Higherを書いたGiancarlo Pasquiniという方は自分で曲を出すときはDave Rodgersという名義を使用するそうで、要するにこの記事で紹介したDeja VuとTake Me Higherを書いた人は同一人物と言うことになります。
*6:なお、この記事では紙幅と自分の体力の関係で「彼女になりたいっ!!!」を手放しで褒めまくってしまっていますが、この楽曲はテーマ・誰が/誰に/どういう場でという諸々の文脈込みで非常にまずいと思っています。その話と、それでもこの曲が良いと思ってしまうということをどう考えたら良いんだろうという話はまた別に書こうと思います。